Recursos de colección

Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers (135.521 recursos)

HUSCAP (Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers) contains peer-reviewed journal articles, proceedings, educational resources and any kind of scholarly works of Hokkaido University.

????? (Graduate School of Letters)

Mostrando recursos 1 - 20 de 1.204

  1. 研究会報・編集後記


  2. 戦後ドイツの歴史論争に空襲論争を位置づける : 「被害者の国家」の形成

    柳原, 伸洋

  3. Methodologische Aspekte neuerer Deutschlandbildstudien und Einstellungsforschung

    Grünewald, Matthias

  4. 共振する芸術と教育(7) : ヨーゼフ・ボイスのインフォグラフィックス

    前原, 真吾

  5. ルクセンブルク語における多機能動詞 : lux. ginn (dt. geben)

    西出, 佳代

  6. リヒャルト・ハルマッツによるユダヤ民族の位置づけ : 『ドイツ系オーストリアの政治―オーストリアのリベラリズムと外交政策についての研究』

    中村, 寿

  7. Das Nibelungenlied in Japan bis 1945 : eine Pseudorezeption?

    寺田, 龍男

  8. ヘッセ文学における宇宙論的幻視のテーマ

    高橋, 修

  9. ドイツ囲碁史研究(1)

    杉浦, 康則

  10. Fryske Akademy とフリジア語の擁護

    清水, 誠

  11. アフリカーンス語・オランダ語・ドイツ語における迂言的進行形

    山藤, 顕

  12. 想像力の「発見」 : 18世紀小説理論からみたヴィーラント『ドン・シルヴィオ』における「想像力」についての一考察

    北原, 寛子

  13. 西ゲルマン諸語における「不定詞+tun」迂言形の特徴

    覚知, 頌春

  14. 「森のミヒェル」とは誰か?

    岡田, 江里

  15. 神は言の葉にすぎなかった : マウトナーの言語批判、ホーフマンスタールとヴィトゲンシュタインをめぐって

    山田, 貞三

  16. 北方研究教育センター活動記録(2007年度~2017年度)


  17. 「北方的」なるものをめざして : 北方研究教育センターの創設期と今後

    津曲, 敏郎

  18. 近代初頭における札幌本府膝下のアイヌ集落をめぐって : 「琴似又市所有地」の地理的布置再考

    谷本, 晃久
    近世・近代移行期に札幌市中心部にみられたアイヌ集落の地理的付置については、従来ふたつの見解があり、判然としなかった。本稿ではこの問題につき、おもに開拓使の公文書を用いた検討をおこなった。その結果、1965年に山田秀三の唱えた見解に、より妥当性があることを考察した。 また、1935年に高倉新一郎の記した見解を支持する大きな根拠となっていた「偕楽園図」所載の「土人家」については、1879年に札幌を視察した香港総督ヘンネッシー卿(Sir John Pope HENNESSY)の要望に応じて札幌郡対雁村の樺太アイヌをして急遽作成せしめられた復元家屋であったことを実証した。 その背景には、札幌中心部のアイヌ集落が開拓政策の進展に伴い移転を強いられた経緯があったこと、ならびに対ロシア政策に伴い札幌近郊に樺太アイヌが移住させられていた経緯があったことを指摘した。くわえて、復元家屋設置の経緯は、ヨーロッパ人による当該集落墓地盗掘の動機と同様、当時欧米人がアイヌに向けていた関心がその背景にあった点も指摘した。

  19. 骨から人へ : あるアイヌ遺骨のrepatriationと再人間化

    小田, 博志
    139年前に札幌から一体のアイヌの遺骨がドイツへと盗み出された。なぜそのようなことが行われたのか。その遺骨のrepatriation(返還・帰還)はどうあるべきか。本論文の目的はこれらの問題について、この遺骨のストーリーを辿りつつ考察していくことである。ここでは「エスノグラフィック・アクションリサーチ」のアプローチを通して明らかになった知見を述べていく。19世紀後半から20世紀前半にかけて、「グローバル人骨流通ネットワーク」を通して植民地化された人々の遺骨が大規模に収奪され、形質人類学の研究対象とされた。そのネットワークのハブのひとつが当時のベルリンであった。その頃ドイツの人類学・民族学では「自然民族/文化民族」の二分法が浸透していた。主体としての人間が文化と歴史を作り、客体としての自然を支配し収奪するという、この非対称的な分割は植民地主義と人種主義とを正当化する役割を果たした。この植民地主義的な歴史の文脈の中で、アイヌ遺骨の盗掘も行われ、主体性が奪われ、研究の客体に仕立て上げられ、ついには“RV33”と番号がふられた。近年、植民地化された人々のコミュニティから遺骨返還を求める声が上がっている。これはrepatriationという概念で論じ実践されているが、そこには法制度的な手続き論を超えて、ポストコロニアルな責任と脱植民地化という課題への広がりがある。“RV33”と番号がふられたアイヌの遺骨の故郷は、札幌にかつてあり、北海道/アイヌモシリの植民地化によって解体されたコトニ・コタンであったことが明らかになっている。その故郷への未完の旅の行く末を、「再人間化」をキーワードに考察したい。

  20. 樺太深海村からの引揚げ : 『引揚者在外事実調査票』による分析

    木村, 由美
    本稿では国立公文書館所蔵『引揚者在外事実調査票』を基本資料とし、戦後、樺太深海村から北海道への引揚げについて分析した。これにより、樺太南部の漁村である深海村から北海道への引揚げについて実態を明らかにし、「樺太-北海道の上陸地-最初の住所-昭和31(1956)年現在の住所」と長いスパンで引揚者の動向を分析し、職業等と関連付けて定着地への軌跡を検証した。深海村では樺太全体と比べて「公式引揚」以前の、「緊急疎開」と「脱出」で引揚げた者の割合が高かった。また引揚出発港が、「公式引揚」で使用された真岡ではなく、大泊が最多であったことも特徴といえる。北海道では引揚げの最初の上陸地である稚内、函館、枝幸に定着した者が多く、また炭鉱都市へ定着した者も多かった。引揚げから昭和31年までの間に、6割以上の世帯が転居をしていることも明らかとなった。引揚後は漁業から、農業、炭鉱、日雇、公務員への転職が見られ、無職となった者もあった。深海村の公務員の引揚げについては、個別の事例を挙げて明らかにした。公務員は優先的に「再就職」されるよう考慮されたが、全員が「再就職」できたわけではなく、郵便局員と教員は同じ職に「再就職」したが、役場吏員の「再就職」は1名だけであった。学校は、教員の「再就職」先としてだけでなく、「小使」や「学校事務員」として転職した者もみられ、引揚者の受入先としても大きな役割を果たした。

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