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Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers (135.521 recursos)

HUSCAP (Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers) contains peer-reviewed journal articles, proceedings, educational resources and any kind of scholarly works of Hokkaido University.

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  1. 藤澤親雄の「日本政治学」-矢部貞治の衆民政論に対する批判を手がかりに-

    大谷, 伸治
    本稿は、昭和戦前期に国民精神文化研究所で「日本政治学」の確立に従事した藤澤親雄の思想について論じるものである。 これまでの藤澤を取り上げた研究は、藤澤=独善的な日本主義者という固定観念が強いあまりに、藤澤の言説をいくつか 引用するだけで、自由を否定する単純な反近代・反動復古主義者と評価してきた。 しかし、藤澤は主観的には、個人の価値や民主主義等の西欧近代的なものを根本的に否定したことはなく、自由主義・個 人主義が果たした歴史的意義を認め、その良さを残しながら、危機を乗り越える新しい原理を日本の国体に見出し、それを体系化しようとしていた。また、それはすべてが日本主義的・民族主義的に論じられたわけではなく、西洋諸思想との関連を有しており、「道」「産霊」といった日本的・東洋的な用語を冠していながらも、その目的意識や内容は、彼が批判した矢部貞治の衆民政論と非常に類似していた。すなわち、藤澤と矢部のデモクラシーに対する見方は根本的に違ったが、自由主義・個人主義を克服し、あらゆる対立矛盾を統合する天皇を中心とした民族共同体の構築を目指すという構造的な面において、両者は一致していた。 したがって、藤澤の「日本政治学」は、単にファシズム体制を正当化するために唱えられたとするのは正確ではなく、当 時さかんに叫ばれた近代の危機に対する政治学的な処方箋の一つであり、彼の意図に反し、当時の日本における代表的な政治学者の一人である矢部貞治の西欧的なデモクラシー論と親和性をもつものであった。 また、藤澤が、天皇機関説のみならず、天皇主権説をも否定していたことや、天皇からの恩恵的な権利だとはいえ、「臣民に食を保証する権利」という生存権に類するような権利を認めるべきだと考えていたことも興味深い事実であった。 しかし一方で、天皇の権威に服することで日本人はすべて自由であり、天皇にまつろはぬ者には強制力を行使してもかま わないと、国体・天皇に対してあまりに盲目的であった点において、藤澤の「日本政治学」はやはり問題であった。

  2. 『正義論』以前のロールズ-ロールズの博士論文「倫理的知識の基盤の研究」(1950)を読む

    池田, 誠
    本稿では、ジョン・ロールズの博士論文「倫理的知識の基盤の研究」(一九五〇)を考察し、若きロールズが『正義論』(1971/99 rev.ed.)の著者へと成長していく軌跡を辿る。そこで私は、ロールズの博士論文と、この博論の「ダイジェスト」とされる彼の翌一九五一年の処女論文「倫理学における決定手続きの概要」との間の共通点と相違点に焦点を当てる。 まず、第一の共通点として、両論文は法学や科学哲学における「議論の理論」を参考に、当時の倫理学における懐疑的風 潮への反論として理性的な倫理学的探求の可能性を擁護することを主題としている。また第二の共通点として、両論文のうちにはすでにのちに「反省的均衡」と呼ばれる反基礎づけ主義的な方法論が確立され展開されている。しかもそこでは、『正義論』にみられる功利主義と(多元的)直観主義に代わる新たな規範倫理学理論を立てることへの意欲も見られる。 一方、両論文の間の相違は三つある。第一の相違点は、ロールズが実際に自らの提示する理性的な倫理学的探求の実例を 素描してみせる際に解明と正当化の題材とする道徳判断の種類である。博士論文のロールズは「(i)よい性格に関する 道徳判断」の解明を図るが、「概要」論文の彼は「(ii)正しい・正義にかなう行為に関する道徳判断」の解明を試みている。これに伴い、第二の相違点として、それぞれの論文でロールズが提示する道徳判断の解明原理(道徳原理)も異なっている。第三の相違点として、博士論文では、「概要」論文には登場しない「形式的正当化」と「実質的正当化」という二種類の正当化方法が登場する。 この相違点にもとづき、私は、博士論文のロールズは早くも彼の倫理学方法論を確立する一方、その実例の提示である規 範倫理学理論においてはいまだ発展途上であり、以降、彼はより包括的な規範倫理学理論の確立をめざし、彼なりの「反照的均衡」のプロセスを幾度も重ねて「概要」『正義論』へと歩みを進めていったと主張する。

  3. 北海道札幌市におけるオオムラサキの生態と保護

    和田, 貴弘
    北海道札幌市南区簾舞地区でまちづくり事業の一環として行われているオオムラサキの保護活動について,地区の野生個体群の動態や保護活動の展開を明らかにすることを通して考察した。 1.オオムラサキの成虫段階の個体数は越冬幼虫の段階よりも年変動が大きいため,本種の保全を目的とした活動を行う場合には,単年度の成虫の発生数だけで個体数を判断するのは適切ではない。経年でオオムラサキの個体数を把握するには成虫の発生数だけでなく,越冬幼虫の段階で調査する必要がある。 2.成虫の段階まで飼育した個体を簾舞の2地点で放蝶したところ,飼育ケージに近い地点でより多くの個体が定着した。蛹以前の段階で放蝶した個体については,上記の2地点で成虫になってからの定着状況に差は見られなかった。本種の保全を目的として放蝶を行う場合には,放逐地点にケージがある場合を除いて,成虫になる前の段階で放逐することが望ましい。 3.簾舞の野生個体群の生息地ではオオムラサキの寄主植物が局所的に分布しているため,植栽によって利用可能な面積を拡大することでオオムラサキの保全に資する可能性がある。しかし,簾舞地区での寄主植物の植栽は生息地から離れた地点で行われ,野生個体の移動は確認されていない。こ こでは,野生個体群の保全よりも飼育された個体を放蝶する場所の創設が目的となっている。 4.簾舞地区における放蝶は,創始個体の採集地点,累代飼育の経過年数,野生個体との交配,放蝶数,野生個体群の規模などから考えて,許容の範囲かもしれないが,野生個体と異なる特徴をもった個体を放蝶することは好ましくない。

  4. 社会的包摂としてのインフォーマル教育-生き直しの学校を事例として-

    北澤, 泰子
    本稿ではタイのスラムをはじめとした劣悪な環境で,麻薬密売,犯罪,物乞い,物売り,児童虐待といった社会的排除に遭った子どもたちを,NGOがインフォーマル教育を通して包摂する取り組みについて述べている。タイのバンコクのスラムを拠点として活動する,「ドゥアン・プラティープ財団」が 運営する児童養護施設,「生き直しの学校カンチャナブリー校」を事例に考察する。 タイのスラムは1950~1960年代の急激な工業化,近代化政策の歪みによって生まれ,現在に至るまで居住問題,雇用問題,家庭問題,治安の悪化等,解決されない多くの問題を抱えている。本来このような問題の被害者である子どもたちは,公的社会福祉によって保護されるべきであるが,現状は十分なケアは行われていない。これらを補完するように,ときに行政と協働しながら包摂しているのがNGOである。 「生き直しの学校」では小学生から高校生までの子どもたちが共同生活を行い,平日は公立の学校に通学している。職員11名を対象に行ったアンケート調査からは,予算の不足,子どもを見て育てる専門家(カウンセラー・医師・社会福祉士)の不足が課題として挙げられた。予算の不足は財団の活動が多岐にわたり,その上不況で寄付が減少したためと考えられる。またカウンセラー等の専門家は,幼少期悲惨な体験をしている子どもが多く,心理的な治療や教職員の研修等が必要であり,子どもの語りを聞く専門家が求められて いるためと考えられる。 子どもたちはこの学校に入学して,家庭的な雰囲気の中で規律のある生活を行いながら更生し,心身共に健康になっていく。長期的に子どもたちの成長を見守ることのできるこのようなインフォーマル教育を行う施設は,これからも社会的包摂としての役割を担っていくことを期待される。また卒業後 も自立した生活ができるように,子どもたちの「家」として継続的に支援していくことが必要である。

  5. 宗教と地域的活動

    寺沢, 重法
    本稿の目的は,宗教と地域的活動への参加の関係を全国データの計量分析を通じて探索的に分析することである。宗教の社会活動を論じた先行研究では信者の動向が十分検討されておらず,一方,宗教と社会活動を計量的に論じた先行研究においては地域的活動との関わりが十分分析されていなかっ た。そこで本稿では,地域ボランティア活動への参加に関する設問が設定されているJGSS-2006を用いて,地域ボランティア活動への参加(「清掃活動参加」,「リサイクル品回収参加」,「地域パトロール参加」)に対する宗教の効果を二項ロジスティック回帰分析で検討した。 知見は以下の通りである。「清掃活動参加」と「リサイクル品回収」は,「仏教(個人)」,「仏教(家)」ともに正の有意な関連が見られた。「地域パトロール参加」は,「仏教(個人)」に正の有意な関連が見られる一方,「仏教(家)」に有意な結果は見られなかった。また,「信仰熱心度」は「清掃活動参加」,「リサイクル品回収」,「地域パトロール参加」の3つの全てに対して正の有意な関連が見られたが,「宗教団体所属」はどれにも有意ではなかった。 今後の課題は,1)仏教以外の宗教の分析,2)「仏教(個人)」・「仏教(家)」・「無宗教」の違いの検討,3)地域的組織への加入やコミットの度合いの検討,4)様々な社会意識やパーソナリティーとの関連の分析の4点である。

  6. 現代都市コミュニティ理論と実践の共通課題-理論的考察と札幌市白石区の事例から(英文)-

    森下, 義亜
    This paper considers two issues related to the sociological idea of community in theoretical and practical contexts, in order to discover the reason behind declining urban community. First, it will reflect on what community actually means, referring to and comparing the understanding of Tönnies who emphasises particularity and MacIver whose understanding implies openness. Partly employing the latter, the author then identifies three key elements of community: namely common purposes and objectives; accumulation of shared activities and experiences; and a sense of belonging, in the context of a locality where regular and collective community practice and activities are possible. Second the paper explores...

  7. 日本の少子化と育児社会環境

    郭, 莉莉
    近年,少子化への関心が高まっている。各種メディアでも度々特集が組まれ,各政党のマニフェストには少子化対策が多く盛り込まれてきた。このような少子化動向への対応の高まりは,日本国内のみで起きていることではない。西欧などの多くの先進国も同じような問題を抱えており,さまざまな政策が取られている。このように,少子化動向は世界の先進国と中進国を問わず,問題になってきた。 とりわけ,日本では,少子化がますます進み,人口減少に歯止めがかからない。これまで政府主導による「新旧エンゼルプラン」「少子化対策プラスワン」など,各種の少子化対策が積み上げられてきたが,社会全体の少子化傾向は止まらない。本稿では,日本の少子化の現状,原因,影響を考察して,日本における少子化対策の問題点究明を試みる。少子化の進行は将来の日本の社会経済にさまざまな深刻な影響を与えると懸念されるが,反面で日本社会のあり方に深く関わっており,社会への警鐘を鳴らしていると受け止められるからである。 少子化を克服した先進国フランスは,近年少子化に悩んでいる日本でもその実情が広く知られるようになった。フランスにおける対応のうち優良事例を検討することは,日本で少子化対策を進めるうえでも,一定の意義がある。

  8. Desire “For” / “Immanent to” the Fingerprint

    井上, 貴翔
    As can be seen in recent years with the requirement for fingerprint registration upon entry into the United States or Japan, the use of fingerprints as a technology of individual identification remains effective even today. Originally invented and introduced in England in the nineteenth century, it was in 1908 that this technology of identification was officially introduced in Japan. Through the mass media ― newspapers, magazines, and books― the effectiveness of this technology came to be recognized by the public. As such, when the discourse on fingerprinting is gathered, what can be seen is an obsession, a desire for the...

  9. 日中戦争期における駐米大使胡適の講演活動の研究

    猪野, 慧君
    日中戦争期の米国における胡適の講演の旅程や回数について,これまでの研究は,いずれも胡適が1942年5月17日に友人の翁文や王世傑に宛てた「一万六千マイルの旅程で,講演は百余回」という手紙に基づく。しかし,胡適の講演が実際は,何回で,いつ,どこで,誰に対して行われたかついては,一つ一つ裏付けをとって統計的に分析した研究は無いようである。そこで,筆者は現在確認できる資料を基に,胡適の国民使節および駐米大使としての講演活動の全貌を明らかにする。 講演活動に関する資料を整理し考察した結果,次のようなことが分かった。胡適が1937年9月23日から1942年9月18日までに行った講演は,確認できる限りで236件あった。講演を基にした雑誌掲載論文は35篇,その他に論文のみ掲載されたものは34篇にのぼる。1937年9月から国民使節となり,実際にアメリカに滞在した9ヶ月間で,行った講演件数は96件あった。また帰国途中(1938年8月)に経由したイギリスでも4件講演を行い,国民使節としては都合100件を数える。特に1938年1月25日からアメリカを離れる1938年7月11日までに集中している(78件,のべ84回以上)。1938年9月に駐米大使に着任してから,1940年6月26日に宋子文がアメリカに来るまでの1年9ヶ月間は,外交任務に忙しく従事しながら行った講演件数は56件で比較的少ない。その後,1942年9月大使離任までの約2年間は,また講演件数が多くなり80件であった。 胡適の講演の対象者は,様々な層に及ぶが,国会,州議会などの政治界の要人,銀行リーダーなどの商業界の要人もいれば,市民団体,宗教団体,中国の抗日戦争の支援団体などの一般市民もいる。新聞記者,ラジオなどのメディア関係者や,在米の中国人や中国学生もいる。また,大学教員や大学生などに向けて行なったものが比較的多い。アメリカ国民向けのラジオ放送は少なくとも16件はあった。胡適が講演を行った場所は,主にアメリカの東海岸と西海岸に分布しているが,特に,ニューヨーク,ワシントン,ミシガン,カリフォルニア,ペンシルバニア,マサチューセッツが多い。また,カナダも西から東まで広範囲に及ぶ。講演の内容は主に,①九国条約(世界新秩序,国際新秩序,新国際主義,新世界道德),②自殺愚行,③福奇谷作戦(Valley Forge),④苦待変,⑤為世界作戦,為民主国家作戦,⑥民族生存・抵抗侵略,⑦米国の国際的リーダーシップ,⑧日本の侵略行為,という8つのキーワードまたは話題に重点を置いている。

  10. チャールズ・キーンによる『リチャード二世』の上演に見られる群集表現

    杉浦, 康則
    プリンセス劇場支配人チャールズ・キーンの演出理念,キーンによる『リチャード二世』の上演,そして上演に対する批評を概観する中で,歴史的に正確な上演を求めたキーンの舞台においては,歴史的に正確な群集が無秩序な運動を繰り広げた,ということが示される。このような群集を舞台に登場 させたことに加え,舞台と観客を結び付ける群集の作用が考慮されていないという点から,キーンによる上演はマイニンゲン一座の演出と同様,マックス・ラインハルトの群集演出のカテゴリーには含まれないものとして位置付けられる。 これらの演出家達に加え,更なる演出家達の活動を捉えることによって,他の位置付けも可能となる。自然主義の観点から論じられるオットー・ブラーム,プロレタリア演劇の指導者プラトン・ケルジェンツェフ,そして叙事的演劇の観点から論じられるエルヴィン・ピスカートルの活動からは,プロレタリアの現状を問題視し,解決しようとする群集演出の流れが見出される。そしてこの流れを捉えることによって,これとは逆に,社会の現状から切り離された物語を,劇場内で完結する形で上演する群集演出の流れが,キーン,マイニンゲン一座,ラインハルトの活動に見出される。 このように,ヨーロッパ演劇史において,歴史的正確さ,自然主義,叙事的演劇などの観点から論じられる演出家達を,ラインハルトの群集演出の観点から捉え直すことによって,ラインハルトの群集演出自体が新たに位置付けられる。

  11. 幸田文のエッセーにおける「食」

    ファルトゥシナヤ, エカテリーナ
    本稿では,幸田文のエッセーにおける「食」の描かれ方を分析する。父幸田露伴に料理を含む家事の手ほどきを受け,長く彼に食事を供し続けた幸田文は,料理や台所など,「食」について非常に多くを書いた。それは単なる生活の断片的エピソードではなく,彼女と家族の関わり,彼女自身の記憶や内面を映し出す役割を持っていた。台所は彼女にとって,「女の心の業をこなす場所」であり,「教室」であり,さらには五感を鋭敏にしてくれる独特なトポスであった。五感の中でも,特に台所の「音」に関する鋭敏さに,この作家の独自性が表れている。

  12. 品詞的側面から見た動物のメタファー(英文)

    田部, 千絵子
    メタファーとは,言語の特殊技法ではなく,日常言語や我々の思考や行動の奥にまで存在しているものだとLakoff and Johnson(1980)が指摘してから,様々なメタファー研究が盛んに行われてきた。その中でも近年注目を集めているのが,コーパスデータに基づくメタファー研究である。実際の言語 使用に基づくこの研究方法は,言語的直観に基づく伝統的なメタファー研究とは異なる研究結果や,これまであまり注意が向けられてこなかった特徴を明らかにするなど,メタファーの新しい側面を見せている。 コーパスデータに基づくメタファー研究の一つとして,品詞的側面からのメタファー研究がある。その中で,名詞のメタファーは実際の言語使用のなかでは主要ではないという,伝統的な見解とは反対の指摘がなされた。この指摘は,根源領域と目標領域の間で品詞転換が起こるのかという問題にも発 展して議論がなされている。 その具体的な研究として挙げられるのがDeignan(2006)である。Deignanは,調査対象を動物のメタファーに絞り,それらの品詞別頻度や,領域間での品詞転換について言及した。しかし,hound,weasel,squirrel,hare,ferret,apeは名詞のメタファーを全く持たず,領域間での品詞転換は完璧に起こっているというDeignanの指摘に疑問が生じたため,本稿ではそれらの語(apeは除く)の調査を再度行った。Corpus of Contemporary American Englishから得られたデータより,主に以下の3点が明らかになった。 1.Deignan(2006)の指摘とは異なり,字義通りの意味と比喩的な意味の間に完全な品詞転換はみられず,ある程度の品詞の相続はみられた。 2.目標領域内の動詞のメタファーは,目標領域内の名詞のメタファーから,〝行為者からプロセス"という関係に基づくメトニミー的拡張によって生まれた。 3.メタファーが持つ,根源領域内の対象との類似性のタイプがメタファーの品詞の頻度に影響を与える。 以上のように本稿では実例に基づいた調査を行い,品詞という側面からメタファーの分析を行った。

  13. ブルガーコフ文学における「住宅管理人」像

    秋月, 準也
    本論の目的はミハイル・ブルガーコフ作品にあらわれる1920年代から30年代の「住宅管理人」像の比較分析を通して,ブルガーコフの文学世界の一端を解き明かすことである。 ブルガーコフにとって「住宅管理人」は彼の文学を日常的主題である住居と強く結びつけると同時に,幻想世界への入口としての機能も果たすようなものであった。中編小説『犬の心臓』では,居住面積の調整をめぐってプレオブラジェンスキイ教授と激しく対立していた管理人シボンデルが,教授が 生み出してしまった人造人間シャリコフを積極的に援助し,彼に正式な身分証明書と教授宅に居住する権利を与える。つまり住宅管理人シボンデルの存在が,科学によって創造される人間という『フランケンシュタイン』から受けつがれる空想科学文学の代表的な主題を20年代のモスクワに組み込むこ とを可能にしている。 また喜劇『イヴァン・ヴァシーリエヴィチ』でブルガーコフは住宅管理人をH・G・ウェルズ的な時間旅行の世界の中に描いた。タイムマシンの実験による住宅管理人ブンシャとイヴァン雷帝の入れ替わりは,20世紀のモスクワのアパートと16世紀のクレムリンの対比であり,「管理」と「統治」の対比であった。この戯曲でブルガーコフはツァーリとなったにもかかわらずロシアをまったく統治することができない管理人ブンシャを通して,アパートの管理人という革命後に生まれた無数の権力者たちが,実際には総会(общее собрание)の方針や民警(милиция)の権威に従属した存在であることを明らかにしている。また他方では,アパートを支配したイヴァン雷帝を通して住宅管理人が絶対君主としてアパートを「統治」する危険性があることも同時に示したのである。

  14. ポストモダン・ディテクティブ -パーヴェル・ペッペルシテイン『スワスチカとペンタゴン』論-

    松下, 隆志
    1990年代のロシアでは,欧米諸国に遅れる形でポストモダニズムが流行した。ロシアのポストモダニズムは,元来アメリカの後期資本主義の発展を受けて形成されてきたものであるこの思想を,コミュニズムの文脈に置き換えて解釈する独自のものである。イデオロギーの集積から成るソ連社会を実質 を欠いた空虚な存在とみなすロシアのポストモダニズムは,実際にソ連崩壊を経験した新生ロシアにおいて大きな影響力を持った。文学の領域においても,ポストモダニズムはロシアの伝統的なリアリズムを超克する新しい潮流としてポストソ連文学のもっとも先鋭的な部分を代表するものとなったが,保守的な作家や批評家には大きな反発を引き起こした。このように1990年代には賛否両論喧しかったポストモダニズムだが,ソ連崩壊から時間が経つにつれセンセーショナルな性格は弱まっていった。結果として,2000年代以降のロシア文学はリアリズムの復興,若い世代の作家の台頭,政治性の高まりなど,より多様な展開を見せており,ポストモダニズムもそうした多様性のなかの一潮流として看做されるようになっている。 本論では,このように90年代のトレンドであったポストモダニズム文学が2000年代以降どのような展開を見せているかを,パーヴェル・ヴィクトロヴィチ・ペッペルシテインПавел Викторович Пепперштейн(1966-)の小説『スワスチカとペンタゴン』《Свастика и Пентагон》(2006)を取り上げて考察する。ペッペルシテインはロシアのポストモダニズムの先駆的存在であるアート集団「モスクワ・コンセプチュアリズム」に属するアーティスト・作家であり,『スワスチカとペンタゴン』は探偵小説のロジックとポストモダニズムの哲学をミックスさせたユニークな作品である。第一節では,作品分析の下準備として,ソ連崩壊後の90年代にロシアにおいてポストモダニズムと探偵小説が果たした役割を概観する。第二節では,2000年代以降の文学的 動向を視野に入れながら本作品の分析を行う。第三節では本作品に仕掛けられたトリックを解明し,ペッペルシテインの創作において「解釈」が持つ重要性を考える。

  15. 中国朝鮮族における婚姻儀礼の変化

    小坂, みゆき
    中国朝鮮族の社会は,本来は農村社会であり,その社会固有の儀礼・習俗を持っていた。しかし,漢族が大多数である中国社会の中での少数民族という立場から,中国社会の枠組みの中で起こる社会現象や,漢族の影響を受けることは避けられない。また,経済自由化政策による中国社会全体に広がっ た市場主義的経済観の影響をうけ,朝鮮族社会の生活環境,生活習慣は大きく変化するにいたった。 特に,中国朝鮮族の現在の特徴的な現象として,韓国等の外国への出稼ぎがあり,家族の中に出稼ぎ者のいない家庭はないと言っても過言ではない。このことは,日常生活のみならず,年中行事や婚姻儀礼などの人生儀礼の実施においても大きな影響を及ぼしている。また,出稼ぎ者の収入により,家 庭は経済的には少しずつ裕福となり,農家をやめ農村を出て都市部で暮らすようになった家庭も多数現れている。農村社会であったこれまでの中国朝鮮族社会は急激に解体の方向に向かっている。一方,日常的に出稼ぎ者不在の状況のもとで都会生活を営むようになった人々により,新たな中国朝鮮族の文化,生活と呼べるものが生み出されている。 民族固有の文化といわれたものであっても,時の経過とその時々の周りをとりまく環境によって変遷を遂げていくものであり,ゆるぎなく確立されたものではない。変化はその時々における民族を構成する人々が自らの生活のなかで選択した結果なのであって,それもまた一つの文化の姿である。 本稿では,中国朝鮮族における婚姻儀礼を動態として取り上げ,その変化を分析するものである。分析方法は,現地における経験的参与観察から得たデータを基本とし,朝鮮半島から中国に移住した後,中国での急激な社会変化を経て,中国と韓国との往来という移動を頻繁に実施している今日までの 間を比較分析した。 朝鮮族の人々の婚姻儀礼も,社会・生活環境の変化に伴い変遷を遂げているものの,婚姻儀礼を完全に放棄しているわけではない。婚姻当事者にとっては新たな家庭を築くうえで大切なものであり,民族に伝わる儀礼を行いたいという欲求は失われることはなく,変遷を遂げながらも残されていく儀礼 の1つといえる。 朝鮮族の人々が,婚姻儀礼のうち,何を大切な部分であると理解し,そのまま残そうとし,あるものは簡略化し,あるいは省略するなどしたのかという点は,近代化,社会環境の変化,生活様式のグローバル化が進むことによる要因が大きい。これは近代化の波にさらされる他の民族においても同様であり他民族における婚姻儀礼の変遷にも共通する。 本稿においては,この研究を通じて得られた資料・知見等をもとに,中国朝鮮族にとどまらず,他民族においても示唆的であると考えられる婚姻儀礼の変化要因となるものについて分析,考察しそれを指摘した。

  16. 現代ウイグル語の漢語借用に見られる音韻現象

    魏力, 米克拉依
    本稿は,主に現代ウイグル語の漢語借用に見られる音韻現象を分析ものである。具体的な分析の対象は音の対応,母音脱落・融合,渡り音による再音節化などの現象であり,系統的な関連性がない両言語の間に起こる一定の音の対応及び音節構造を決定する要因について検討する。まず,背景となる漢 語借用の先行記述及び現状などから漢語借用語の典型的な音の対応を,次の5つにまとめる:1)複合母音の短縮;2)唇歯摩擦音の両唇閉鎖音化;3)漢語zi[ʦɿ] の母音同化;4)そり舌音の硬口音蓋化;5)破擦音の摩擦音化;次いで,現代ウイグル語の音韻特徴と音節構造を先行記述に基づき,借用語の音韻特徴を考えるとき,そもそも地域で話される借用元となる漢語方言を基盤として考えるべきことを示す。そして,日常的に定着している漢語からの借用データを基に,借用語の音韻構造について再検討を行う。音韻構造の中でも音の変化と音節構造に焦点を置く。そこで,結論として具体的には次のようなことを挙げる:1)母音連続を避けるため,母音脱落,半母音化などが起きる;2)唇歯音f[f]>両唇音p[p]>両唇音[ ]への変化する可能性;3)ウイグル語の閉音節語に対し,借用により開音節語彙が増加している;4)借用語の再音節化はウイグル語の音韻規則に合わせるということを母語話者の漢語使用認識から述べる;5)漢語方言による借用語でのnとngの混同の可能性を指摘する。

  17. 大規模災害における医療倫理的な問題点の一考察 : 東日本大震災から見えること

    村松, 哲夫
    東日本大震災のような大規模な災害が発生した場合,復旧・復興に向けた中長期的支援と同時並行的に短期的支援,すなわち,生活必需品,医療資源を可及的速やかに被災地に送らなければならない。実際,政府は自衛隊に災害派遣命令を出して,行方不明者の捜索に当たらせると共に,現地に物資を 運ばせた。一方,民間企業も独自に物資を被災地に送った。しかし,結果として,被災民に物資が十分に届いたとは言えなかった。これで特に困るのは慢性疾患患者である。日常的に服用している薬が入手できず,服用が途絶すれば,疾患の悪化は時間の問題である。 被災地域以外では,物資が十分にあり,生産余力も十分にあるのにもかかわらず,被災地に物資が届かないのは,官民共同のロジスティクスが構築できないからである。 このようなときは,政府が率先して民間に頭を下げて協力を要請すべきである。そして,それにかかる費用は政府が責任を持って支弁し,後に国民は相応の負担を甘受すべきである。その上で,官民共同のロジスティクスを早急に構築し,被災者に大量の物資を供給すべきである。そうすれば,生活必需品,医薬品も送れる。これによって,一般被災者だけではなく,慢性疾患患者も安できる。特に後者は必要な薬を入手,服用でき,それによって,疾患の悪化をある程度抑えられる。これは,中長期的に見ると,医療費の抑制に繫がり,そこで節減できた医療費を復興財源の一部にも充てられる。 今回のような轍を踏まないために,政府,地方自治体,企業,国民は,災害への備えを怠るべきではない。

  18. Two Types of Counterpart Relations: Can I be an Angel?

    西條, 玲奈
    The main question of this paper is whether any modal properties are ascribed to an object or not. According to David Lewis's counterpart theory, the answer is yes and no. It is yes only if we provide appropriate contexts where counterpart relationships hold between possible objects. This sort of counterpart relations is mind-dependent since its establishment depends on what people pay attention to etc.. It allowed that any objects have any modal properties in this case. On the other hand, the answer is no only if counterpart relations are determined by Lewis's theory of natural properties. This sort of counterpart relations is mind-independent...

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